♢城郭情報
所在地:名古屋市中区本丸1番1号
別名:金鯱城、金城、柳城、亀屋城、蓬左城
築城主:徳川家康
築城年:慶長14年(1609年)
廃城年:明治4年(1871年)頃
主な城主:尾張徳川家
遺構:櫓、門、土塀、庭園、石垣、堀
再建造物:外観復元大小天守、外観復元正門、不明門、本丸御殿
指定文化財:国の重要文化財(櫓3棟、門3棟)
訪城日:2023年11月24日(金)晴
駐車場:名城公園正門前駐車場
日本100名城:44番
スタンプ設置場所:①正門改札所 ②東門改札所 ③総合案内所
御城印販売場所:名古屋城 正門横売店
※販売場所や営業時間等、必ず最新の情報を確認してから行くことをお勧めします。

名古屋城公式HP


【歴史】
大永年間(1521~1528年)今川氏親が、尾張進出のために築いた「柳ノ丸」が名古屋城の起源とされる。この城は、のちの名古屋城二之丸一帯にあったと考えられている。1538年(天文7年)、織田信秀が今川氏豊から奪取し那古野城と改名した。信秀は一時期この城に居住し、1542(天文11年)頃に信秀は古渡城に移り、那古野城は信長の居城となった。その後叔父の信光に与えられるが家臣に殺害されたため、家臣の林秀貞が守ることになるもやがて廃城となった。徳川家康の九男の義直は、1543年(天文12年)甲斐から尾張一国に国替となり清州城を与えられたが、家康は、清州城は、規模が小さく。水害の恐れがあったのでとして、那古野城の跡に城を築くことを定めた。1610年(慶長15年)未だ大阪城には豊臣秀頼が居る中、西国諸大名に命じ築城が開始され、1615年(元和元年)に完成した。同年の大坂冬の陣を経て、義直が城主になった。以降当城は、十七代慶勝まで尾張徳川家の居城となった



◇正門









◇西の丸御蔵城宝館

◇西南隅櫓
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◇空堀
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◇天守

◇鵜の首

◇鵜の首の説明板

◇剣塀

◇剣塀の説明板

◇御深井丸

◇御深井丸の説明板

◇御深井丸展示館



◇乃木倉庫
御深井丸に残る明治期の建物で、弾薬庫として建築されました。

◇重要文化財 西北隅櫓

◇西北隅櫓の説明板

◇天守石垣

◇天守基礎

◇天守基礎の説明板

◇石垣の刻名



◇空堀





◇鯱

◇石垣の刻名
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◇石垣の刻名
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◇石垣の刻名
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◇石垣の刻名
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◇石垣の刻名
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◇不明門

◇不明門の説明板

◇本丸御殿

◇本丸御殿

◇天守

◇鯱
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◇小天守

◇本丸東一之門

◇本丸東一之門の説明板

◇清正石

◇旧二の丸 東二之門

◇旧二の丸 東二之門の説明板

◇本丸 表二之門

◇本丸 表二之門の説明板



◇清正の石曳きの像
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◇重要文化財 東南隅櫓
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◇東南隅櫓
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◇尾張勤王 「青松葉事件之遺跡」碑

◇青松葉事件之遺跡の説明板

那古野城跡※別途記載(現在の二之丸にあったと伝えられる那古野城)

◇那古野城跡の説明板

◇埋御門跡

◇埋御門跡

◇南蛮たたき鉄砲狭間

◇南蛮たたき鉄砲狭間の説明板

◇霜傑跡

◇霜傑跡の説明板

◇二の丸東庭園

◇二の丸東庭園の説明板

◇大手馬出跡
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◇大手馬出跡の説明板
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♢名古屋城跡へのアクセス