♢城郭情報
所在地:愛知県清須市西枇杷島町小田井2丁目
別名:於田井城
築城主:織田敏定
築城年:応永年間(1394年~1428年)
廃城年:天正12年(1584年)頃
主な城主:織田敏定、織田寛故、織田信張、織田信直、織田忠辰
遺構:なし
再建造物:石碑
指定文化財:なし
訪城日:2023年11月24日(金)晴
駐車場:なし
【歴史】
小田井城跡の築城時期は応永年間(1394年~1428年)と言われ、清洲の尾張国守護代「織田大和守家」当主の織田敏定が清洲城の支城として築城したといわれる。『張州府志』には、内外2つの空堀があったと記されています。城郭は、東西およそ54m、南北94m。織田敏定が本拠を清洲城に移すと、その弟とされる「織田藤左衛門家」当主の織田常寛が城主となる。以来、「織田藤左衛門家」の居城として子孫の織田寛故、織田信張、織田信直らが城主となった。天正12年(1584年)頃、織田忠辰が羽柴秀吉によって追われ廃城になったとされる。当時の城域は、国道22号線の古城交差点付近が城址と伝わるそうです。
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♢小田井城跡へのアクセス
所在地:愛知県清須市西枇杷島町小田井2丁目
別名:於田井城
築城主:織田敏定
築城年:応永年間(1394年~1428年)
廃城年:天正12年(1584年)頃
主な城主:織田敏定、織田寛故、織田信張、織田信直、織田忠辰
遺構:なし
再建造物:石碑
指定文化財:なし
訪城日:2023年11月24日(金)晴
駐車場:なし
【歴史】
小田井城跡の築城時期は応永年間(1394年~1428年)と言われ、清洲の尾張国守護代「織田大和守家」当主の織田敏定が清洲城の支城として築城したといわれる。『張州府志』には、内外2つの空堀があったと記されています。城郭は、東西およそ54m、南北94m。織田敏定が本拠を清洲城に移すと、その弟とされる「織田藤左衛門家」当主の織田常寛が城主となる。以来、「織田藤左衛門家」の居城として子孫の織田寛故、織田信張、織田信直らが城主となった。天正12年(1584年)頃、織田忠辰が羽柴秀吉によって追われ廃城になったとされる。当時の城域は、国道22号線の古城交差点付近が城址と伝わるそうです。
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♢小田井城跡へのアクセス